4月6日 は”城の日” 姫路城は23円で買われたことがある


城の日は”4月6日”

1991年 兵庫県姫路市が、日本三大名城である「姫路城」をPRするために 4月6日 を「城の日」と制定しました。

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4(=し)6(=ろ)の語呂合わせが由来となっています。

4月6日

また、姫路城は1993年12月11日に世界文化遺産に認定され、2008年以降、姫路市内では12月11日が「城の日」となっています。

なお、日本初の「世界文化遺産の建造物」であり、同年には法隆寺も世界文化遺産に認定されています。

その他の城については1月26日「文化財防火デー」もご覧ください。

姫路城「別名:白鷺城」

姫路城は、1346年に赤松貞範によって築かれました。

現在の五層の大天守が完成したのは1609年で、その美しい白の色合いから、別名「白鷺城」とも呼ばれています。

4月6日

江戸幕府以前の主な城主

姫路城の城主は頻繁に変わっており、江戸幕府が開かれるまでに18回も変わっています。

4月6日

以前、大河ドラマで俳優の岡田准一さんが主役を務めた「黒田官兵衛」も、姫路城の城主となっています。

姫路城は西日本と東日本の需要拠点となっていたため、出入りが激しかったことが理由です。

1代目 赤松貞範 1346年 10代目 小寺則職 1519年
2代目 小寺頼季 1349年 11代目 八代道慶 1531年
3代目 小寺景治 1352年 12代目 黒田重隆 1545年
4代目 小寺景重 1357年 13代目 黒田職隆 1564年
5代目 小寺職治 1403年 14代目 黒田孝高 1567年
6代目 山名持豊 1441年 15代目 羽柴秀吉 1580年
7代目 赤松政則 1467年 16代目 羽柴秀長 1583年
8代目 小寺豊職 1469年 17代目 木下家定 1585年
9代目 小寺政隆 1491年 18代目 池田輝政 1600年

(出典:Wikipedia

姫路城は売りに出されたことがある

明治維新がおこり、1871年の廃藩置県により維持費に費用がかかる各地の城は、次々と競売にかけられました。

4月6日

姫路城も競売にかけられ、神戸清一郎さんがたったの23円50銭で落札することができました。

しかし落札したものの、維持費はおろか、解体費用も大変な金額だったために、その債権を放棄してしまったようです。

現在では国所有のものとなっていますが、神戸さんの息子が姫路城の権利を主張し始めましたが、却下されました。

城のカテゴリは場所によって違う

城は築城された場所によって「山城」「平山城」「平城」「海城」とカテゴライズされています。

山城

主な山城:多賀城・竹田城

4月6日

「天空の城」としてインスタ映えすることから、一時期ブームになった竹田城は山城に分類されます。

山城は高立地にあるため、防衛力に優れています。更に高所から見晴らしが良く、敵の襲撃にいち早く気付くことができます。

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普段は城下で過ごし、敵の襲来時には籠城するという使われ方をしていました。

平山城

主な平山城:姫路城・熊本城

4月6日

有名な城は平山城に多く分類されます。防衛力にも優れており、経済の中心となっていました。

高さの定義はそこまで明確ではなく、江戸城が分類されている場合もあるようです。

平城

主な平城:名古屋城

4月6日

山城と対の位置にある平城は、国内では戦国時代から江戸時代に築かれました。

地形に山がない場合に建てられた要塞で、防衛力はそれほど高くなかったと考えられています。

海城

主な海城:今治城

4月6日

海に面した位置に築城されたものを海城と呼ばれ、防衛に向いています。

水運を利用するため、船は必要不可欠となっています。

城に植えられる松の木

城には松の木が植えられていますが、これは外観以外にも、戦が長引いた時には非常食として用いられました。

4月6日

松の葉にはビタミンやミネラルといった栄養が豊富に含まれており、松の皮をこして粉状にし、団子などにまぶして栄養を蓄えるなどの飢饉対策にもなっていたようです。

江戸時代に大飢饉が襲った時には、松の木の皮が次々と剥がされて食べられたという記録が残っています。

日本の城と海外の城の比較

城に求められるのは、日本も海外もまずは防衛力です。

そのため、堅牢な城壁や、複雑な構造であることに共通点があります。

4月6日

しかし、日本と海外の城で大きく違うのは城壁の高さです。

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日本は昔から地震が多かったため、当時の技術では、そこまで高い城壁を作ることができませんでした。

そのため、日本では外堀を造り、城壁の高さを工夫していました。

4月6日

また、住民を守る必要があるかどうかで構造が大きく異なります。

日本も海外も城下町は存在しますが、いざ戦争となった場合、海外では住民ごと殺害されてしまいます。

4月6日

そのため、皇帝だけでなく住民を守るために、城の周りも城壁で囲っています。

一方、日本の場合は武士同士の戦であり、農民たちが巻き込まれることは基本的にありません。

そのため、城下町まで城壁で囲む必要がなかったことが理由となります。

4月6日

城の一つ一つにロマンを感じます。

国の歴史と特色、そして時代を象徴しているものこそが、城なのでしょうね。

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