4月3日 は”日本橋開通記念日” ニホンとニッポンの違い


日本橋開通記念日は”4月3日”

1911年「日本橋」が木橋〜石橋に架け替えが行われ、日本橋開通式が 4月3日 午後1時より執り行われました。

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それが由来となり、4月3日を「日本橋開通記念日」と制定されました。

4月3日

天候はそれほどよくありませんでしたが、100万人を超える見物客でごった返し、怪我をされた方もいたと言われています。

日本橋の由来とは?

「日本橋」の由来とは「日本橋川」と呼ばれる、千代田区と中央区に流れる川に架けられた橋の名前が由来となっています。

その他には、東の海から朝日が昇る光景を拝めることが由来となっている説も存在します。

4月3日

初代の日本橋は1603年に徳川幕府によって建設され、五街道(東海道・日光街道・奥州街道・中山道・甲州街道)の起点として定められました。

4月3日

現代の20代目の日本橋では石造二連アーチの構造となっており、その高い技術と装飾が評価され、1999年に「国の重要文化財」に指定されました。

橋長は27間(約49m)幅員は15間(約27m)の「ルネッサンス式石造石拱橋」となっています。

4月3日

橋の中央には「日本国道路元標」の文字が埋め込まれています。

当時の総理大臣「佐藤栄作」氏によって刻印されました。

ちなみに「日本橋」の読みは「にほんばし」が標準で、大阪の道頓堀に架けられている「日本橋」は「にっぽんばし」と読みます。また、福島県郡山市の「日本橋」は「ひもとばし」と読むようです。

なぜ「20代目」の日本橋?

日本橋はなぜ20回も建て直されたのか、と疑問に思った方もいるかもしれません。

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当時、江戸は火事が非常に多く、木造だった日本橋はよく焼失していました。

日本橋は商売の要であったため、江戸で火事が起こる度に何度も建て直され、ついに20代目で石造りとなりました。

4月3日

橋中央部には、麒麟が目を光らせて見張っているように見えますね。火事の見張りかもしれません。

「ニホン」と「ニッポン」と「ジャパン」の違い

「ニホン」と「ニッポン」の呼び方が統一されていないことに、理由は特にありません。

どちらでもよい、という風潮になっていますが、ナショナリズムを大切にしたい日本国民としては気になるところです。

4月3日

特にスポーツ界では顕著で、「サッカー・ニホン代表」「火の鳥NIPPON」「侍ジャパン」などバラバラです。

1934年に「文部省臨時国語調査会」が日本の呼称を「ニッポン」に統一することを提議したものの、正式な決定がないまま現在に至るようです。

また「ジャパン」に関しては、13世紀にマルコ・ポーロが東方見聞録に記した「ジパング」が元となっています。

4月3日

「日本国=ジッポンゴク」が変化し「ジパング」へ、更にそこから「ジャパン」へ変化したと考えられています。(諸説あります)

一般的に、国内での呼称は「ニホン」、通貨のローマ字表記では「Nippon」となっています。

4月3日

多様化を厭わない、日本人ならではの国民性、所以なのかもしれません。

しかし、別のものになってしまうので改めますが、本日ご紹介したのは「ニホンバシ」です。

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