3月18日 は”春のお彼岸入り” ぼた餅を供えるのはなぜ?


春のお彼岸入りは”3月18日”

「春のお彼岸」とは「春分の日」の前後3日、計7日間のことを言い、春のお彼岸入りはその初日である 3月18日 のことを言います。

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3月18日

最終日を「彼岸明け」といい、地域によっては「はしりくち」と呼ばれます。

お彼岸とは、先祖の魂を供養するための期間のことで、秋のお彼岸も同じく、秋分の前後三日間のことを指します。

お彼岸の由来とは?

彼岸の語源は、仏教の教え「波羅蜜(=パーラミター , pāram ita)」から由来しており、迷いの世界から悟りの世界へ至ることを意味します。

3月18日

「波羅蜜」はインドのサンスクリット語ですが、これを漢語に訳すと、pāram(彼岸に)+ita(到った)=「至彼岸」つまり、あの世に至ったという意味になります。

あの世は悟りの境地と考えられており、そこにたどり着くには修行が必要とされています。

そのためこの7日間を修行の期間とし、お彼岸と呼ばれるようになりました。

反対に、この世を「此岸(=しがん)」と呼ばれています。

3月18日

仏教の世界では、この世は「煩悩」と「生死」がまつわる苦しみの世界とされ、その世界で善や徳を積み、極楽浄土へ向かうことが本質だと考えられています。

極楽浄土ははるか西にあるものとされており、春分の日と秋分の日は真西に太陽が沈むことから、西日の入りを礼拝する風習があります。

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3月18日

また、日本では、人の魂は日が沈む西に向かうとされ、我々の先祖を供養するためにお彼岸が存在するとも言われています。

春は”ぼた餅”、秋は”おはぎ”を供えるのはなぜ?

春と秋のお彼岸には特別な差はありませんが、お供え物が違い、春は「ぼた餅」、秋は「おはぎ」を供えます。

3月18日

ぼた餅には「こし餡」が使われ、おはぎには「粒あん」が使われていますが、単純に春と秋での小豆の収穫のタイミングから、ぼた餅とおはぎで分かれています。

春に種を蒔いた小豆を秋に収穫しますが、収穫したばかりの小豆はそのまま食べることができるので、おはぎとして使うことができます。

しかし、その小豆を冬の間保存しておくと硬くなってしまい、小豆をこして使わないと美味しくないため、春はぼた餅にして食べます。

そのため、春に咲く牡丹を由来に「牡丹餅」、秋の七草である萩を由来に「お萩」と区別したと考えられます。

保存方法がしっかりしている現代では不思議に思いますが、昔は今のように保存の技術が進んでいなかったため、先祖の知恵から小豆を美味しく食べるために生まれた料理なのですね。

3月18日

当時、甘味はとても貴重で、庶民にとってさつまいもや干し柿などでしか味わえませんでした。

ぼた餅やおはぎはとても贅沢なもので、特別な日にしか食べることができません。

更に、小豆の赤色には邪気を払う効果があると言われています。

そのことから、お彼岸では大事な先祖への敬意を払い、最高のおもてなしをするために、高級な砂糖をふんだんに使ったぼた餅やおはぎを供えるようになったとされています。

3月18日

お彼岸は、祖先を供養する仏教の教えが、時間の経過によって文化へと変貌した一例です。

生まれてから死ぬまでも、全て時間の経過による自然なことです。

人間もまた自然の一部であり、すべての生命に対して、あるいは呼び名を変えて触れ合い、または供養することは、やはりごく自然なことだと考えます。

生命に感謝せず、自らの命を絶つことは不自然なことであり、苦しみや煩悩から逃れた悪しき手段として、仏教では最も許されない行為だとされています。

人間とは、時の流れに身を任せ、自然に生きる事が生命の本質だと私は考えます。

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