3月6日 は”弟の日”と”世界一周記念日”


弟の日は”3月6日”

1992年 漫画家の畑田国男氏が 3月6日 を「弟の日」として制定しました。

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3月6日

なお「兄の日」は6月6日、「妹の日」は9月6日、「姉の日」は12月6日と、三ヶ月置きに制定されています。

兄弟姉妹の日の制定された由来は、こちらの「姉の日」をご覧ください。

意外な兄弟関係「PUMA」と「Adidas」

プロも愛用する一流スポーツ用品メーカーの「PUMA」と「Adidas」の創業者は、意外にも兄弟関係です。

3月6日

(左がルドルフ、右がアドルフ)

兄の名前は「ルドルフ・ダスラー」と言い、頭文字のルと名字の「ダスラー」をつなげて「ルーダ」後に「プーマ」へと変え、社名としました。

一方弟の名前は「アドルフ・ダスラー」と言い、ニックネームの「アディ」と名字の「ダスラー」をそのままつなげ、「アディダス」と社名を決めました。

もとは二人で、ドイツ・バイエルン州「ヘルツォーゲンアウラハ」に、スポーツシューズ製造会社の「ダスラー兄弟商会」を設立し成功していました。

しかし事あるごとに対立し、やがてアウラハ川を隔てて、北側をルドルフ領域、南側はアドルフ領域として独立しました。

サッカーシューズの軍配は?

1950年頃に、西ドイツの監督であるゼップ・ヘルベルガー氏が、プーマにスポンサー契約を要求しました。

3月6日

しかし、ルドルフはそのスポンサーを断ります。

ヘルベルガーは次に、アディダスへスポンサー契約を持ちかけるとアドルフは快く了承しました。

3月6日

そして、1954年に開催されたFIFAワールドカップ・スイス大会で、アディダスをスポンサーに迎えた西ドイツは見事初優勝を決めました。

その結果、アディダスはプーマよりさらに認知度を広げ、売上に大きく差がつき、弟のアドルフに軍配が上がりました。

3月6日

 

 

世界一周記念日は”3月6日”

1967年 3月6日 日本航空の世界一周西回り路線が営業を開始しました。

それを記念し、3月6日を「世界一周記念日」として制定されました。

それより以前は「日米航空協定」で日本の航空会社が世界一周路線を持つことは協定違反とされていました。

3月6日

世界一周路線の廃止

1967年からの5年間、東京→香港→タイのバンコク→インドのニューデリー→イランのテヘラン→エジプトのカイロ→イタリアのローマ→ドイツのフランクフルト(もしくはフランスのパリ)→イギリスのロンドン→アメリカのニューヨーク・サンフランシスコ・ホノルル、そして東京へ戻るというルートで運行していましたが、1972年に廃止されました。

廃止された理由は、大西洋ラインが経営不振だったことと、JALが連続で航空事故を起こし、機体が減ってしまったからです。

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なお、日本から直通の世界一周路線は現在もありませんが、乗り継ぎでの世界一周は可能です。

日付変更線の誕生

太平洋と名付けたことで有名なスペインのマゼランですが、日付変更線も彼の船団が発見しました。(マゼランは航海中に亡くなっています)

3月6日

なお、マゼランについては11月28日の「太平洋記念日」をご覧ください。

世界一周の航海をしたマゼランの船員たちは、毎日つけていたはずの航海日誌に1日ズレが生じていることに気が付きます。

もちろん、当時に時差の概念など存在しませんでした。

3月6日

やがて世界航行が一般化し始め、日付のズレを補正しないと困る人々も増え始めました。

しかし、大陸や人が多く住む地域で日付を変更されると、問題が多く発生してしまうため、さほど影響力のない太平洋の真ん中を日付変更線に選ばれました。

3月6日

1883年の万国子午線会議で「グリニッジ天文台」を基本の子午線(本初子午線)とし、東経と西経が丁度合う太平洋を180度線にすることとなりました。

それからは「その日付変更線より西に行くと翌日」と決定しました。

日本初の世界一周した人は?

日本で初めて世界一周をした人は、津太夫、佐平、儀兵衛、太十郎の4名とされています。

しかし、この4名は遭難という不本意な形で世界一周をしました。

3月6日

1793年11月27日に仙台藩石巻の千石船「若宮丸」は、石巻から江戸へ米と材木を運ぶ途中、塩屋崎沖で嵐に遭遇し遭難してしまいます。

生存が確認されたのは16名で、ロシア領である太平洋のアリューシャン列島「ナアツカ」に漂着しました。

現地のロシア人に保護され、その後シベリアのイルクーツクへ移送されます。

3月6日

道中で船員が次々と病死、もしくはロシアに残ったため、津太夫、佐平、儀兵衛、太十郎の4名がロシアの船「ナジェージュダ号」に乗せてもらうこととなりました。

そして、11年かけてようやく日本へ送り届けられました。

3月6日

世界一周を夢見て散った者もいれば、望まないうちに世界一周してしまった者もいるとは、数奇な運命ですね。

しかし、世界一周が出来たら人生に大きな影響を与えるのは間違い無いでしょう。

世界の広さに、あらゆることがちっぽけに感じてしまうかもしれませんね。

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3月6日 は”弟の日”と”世界一周記念日”” に対して1件のコメントがあります。

  1. MIE より:

    世界一周してみたいですが、まだ国内でも行った事ない所がたくさんあります。

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