2月19日 は”プロレスの日” 「猪木ボンバイエ」とは?

2月19日 2月

プロレスの日は”2月19日”

1954年 2月19日 日本初のプロレスの本格的な国際試合である、力道山・木村タッグvsシャープ兄弟の試合が蔵前国技館にて行われました。

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2月19日

力道山とは相撲からプロレスへ転向した選手で、日本プロレス協会の設立者です。

このことを記念して、2月19日はプロレスの日となりました。

なお、プロレス記念日は7月30日となっています。

戦後最大のエンターテイメント「プロレス」

1954年の日本は戦後で貧しい上にエンターテイメントが乏しく、テレビは街頭テレビで見ることが基本でした。

2月19日

そのため、プロレスは数少ないエンターテイメントとして人気がありました。

先の大戦で敗戦した日本にとって反米感情が抜けておらず、日本を代表して外国人レスラーを倒す力道山の姿は「強い日本」を象徴する姿でもあり、絶大な人気を誇りました。

その中でも、1963年5月24日に放映された「力道山vsザ・デストロイヤー」の対戦は64%の視聴率を記録しました。

レスリング(アマレス)とプロレスの違い

レスリング(アマレス)とプロレスについて関連があると思う人は多くいると思いますが、意外にもプロレスにはレスリング出身者は少ないです。先述したように、力道山も相撲から転向しました。

レスリングには全身を使うフリースタイルと、上半身のみ使うグレコローマンスタイルがあり、女子はフリースタイルのみとなっています。

2月19日

(資料:日本レスリング協会

レスリングの試合は3分間2ピリオドで行い、ポイントを競い合いつつフォールを狙います。

フリースタイルの試合では、相手の肩を一秒間地面につける「フォール」、10ポイント差がつく「テクニカルフォール」で勝敗が決まります。(グレコローマンスタイルのルールは割愛させていただきます)

また、打撃や関節技は禁止となっています。(一部例外あり)

これらフォールのルールを無くし、打撃や関節技を採用したのがプロレスとなっているので、プロレスはどちらかと言えば、レスリングより総合格闘技のジャンルに当たると言えます。

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プロレスの「プロ」は単に「Professional(=玄人)」の意味だけでは無く「Promotion(=興行)」の意味が含まれています。

そのため、レスリングとプロレスは別物だと言えます。

ちなみに、プロレスが見世物か格闘技なのか意見が分かれていますが、プロレスラーは一つ一つの試合に命をかけて取り組んでいるため、そこに疑問を持つことは野暮であると考えています。

プロレスのルールとは

プロレスは、ノックアウトか相手の背中をマットに付け、3カウントを奪えば勝利となります。

それ以外には一定時間相手がリングの外にいた場合、リング内にいた方が勝利となります。

2月19日

プロレスは「反則攻撃」と呼ばれる凶器攻撃などがありますが、反則をしたから即失格というわけではなく、5秒以内なら反則攻撃は可能となります。(もちろんレフェリーは止めに入ります)

そして、ルールというより暗黙の了解ですが、プロレスには相手の技を受け切ることに美学があります。

そのため、ロープに振られたら跳ね返ってきますし、大技を繰り出す時は待っていることもあります。

相手の技を出し切らせ、全力でぶつかり合うことこそが、プロレスの醍醐味と言えます。

「猪木ボンバイエ」とは?

現在参議院議員として活動しているアントニオ猪木氏は、北朝鮮へ訪問するなど積極的な外交活動を行なっています。

猪木氏がプロレスラーだった頃の入場曲に「炎のファイター ~INOKI BOM-BA-YE~」というテーマがありました。

「猪木ボンバイエ!」のコールでお馴染みですね。

そのBOM-BA-YEはアフリカ言語の「リンガラ語」で、和訳すると「やってやれ!」という意味になります。

2月19日

元プロボクサーのモハメド・アリ選手と猪木氏が異種格闘技戦を行った後に、モハメド選手が猪木氏にこのテーマをプレゼントして以来使われるようになりました。

2月19日

プロレスは格闘技としてだけでなく、観客へ魅せる競技でもあります。

華麗な技の一つ一つが、人の限界を感じさせないものばかりですね。

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