1月26日 は”文化財防火デー” 災害から文化財を守る


文化財防火デーは”1月26日”

1949年 1月26日 現存する世界最古の木造建築物「法隆寺」の金堂で火災が発生し、堂内にある壁画の大半が焼失してしまいました。

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1月26日

当時、法隆寺が被害にあったことは、日本だけでなく海外でも惜しまれ「ロンドン・タイムズ」でも重要文化財の危機管理の甘さを指摘されました。

また、法隆寺だけでなく1949年2月に松山城の筒井門等3棟、6月に松前城の天守等2棟が火災で消失してしまったため、防災意識が低かったことが浮き彫りになりました。そのため、文化財保護が急務である認識が高まりました。

この一連の災害が由来となり、1950年に文化財保護法が制定され、1955年に 1月26日 を「文化財防火デー」として文化庁と消防庁が制定しました。

戦時中に焼失してしまった城

城は日本古来の文化の一つで、重要文化財として指定されています。

しかし、第二次世界大戦の本土空襲により日本は戦火に見舞われ、戦時中に多数の城が焼失してしまいました。

名古屋城

1月26日

日本の名城として有名な名古屋城は、1945年5月14日の名古屋大空襲で被害を受けました。

本丸・天守閣・金鯱が焼夷弾によって燃やされてしまいました。なお、現在の名古屋城は復元工事されたもので、木造建築ではなくコンクリート造りとなっています。

2009年に名古屋市の河村たかし市長は、焼失してしまった名古屋城天守を、本来の木造造りの立て直す計画を検討しており、再建完成予定は2027年を目指しています。

首里城

1月26日

琉球王朝の王城、沖縄のシンボルでもある那覇市の首里城も、第二次世界大戦の沖縄本土決戦で被害を受けました。

戦後、全焼した跡地に琉球大学が建設され跡形も無くなってしまいましたが、琉球大学キャンパスが移設された後に復元されました。なお、現在の姿は18世紀代の首里城をモデルとされています。

広島城

1月26日

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広島は日清・日露戦争以降、人口が急増し、太平洋戦争では軍事拠点とされていました。

天守などには機密書類など多数の重要な書物が収容されており、一般人の立ち入りは制限されていました。

そのため米軍の攻撃目標となり、B29「エノラ・ゲイ号」は、広島城から約1km離れた相生橋に原子爆弾を投下し、広島城は焼失してしまいました。

なお、このときの原爆被害者には12名のアメリカ兵捕虜も含まれていたとされています。

広島城のデザインは、豊臣秀吉の聚楽第(じゅらくだい)を参考にしたと言われており、現在の天守は、1958年に初代の広島城の天守を鉄筋コンクリートによって、復元したものとなっています。

倒壊しない「熊本城の宇土櫓(うとやぐら)」

1月26日

2016年4月に熊本大地震が発生し、熊本城は東十八間櫓と北十八間櫓(じゅうはちけんやぐら)が倒壊してしまう大きな被害を受けました。

1月26日

(東十八間櫓)

熊本が大地震の被害を受けたのは二度目で、1889年7月28日にも直下型地震が起きています。

また、西南戦争で城の大部分が焼失し、第二次世界大戦でも戦災を受けました。現在の天守の姿は昭和に再建されたものです。

1月26日

しかし、度重なる大地震と戦争の被害を受けても、熊本城の宇土櫓(うとやぐら)は倒壊せず、現存しています。

築城の名手と呼ばれた加藤清正の、当時の技術の高さに驚嘆させられますね。

1月26日

地震大国日本で自然災害と隣り合わせの中、数々の重要文化財は今日も立派にそびえ立ちます。

自然と共存していくためにも、守るべき重要文化財のために、何ができるかを考える日になるといいですね。

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1月26日 は”文化財防火デー” 災害から文化財を守る” に対して1件のコメントがあります。

  1. みえ より:

    重要文化財のお城
    歴史に興味があるのでいつか日本中の城を見に行きたいです。

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