1月18日 は”都バス記念日” 増え続けるマイカーに立ち向かうには


都バス記念日は”1月18日”

1924年 1月18日 東京市電気局が東京駅行きの2系統で、乗合バス事業を開始したことを記念して、東京都交通局が1月18日を「都バス記念日」として制定しました。

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1月18日

それまでの乗合馬車を「円太郎」 と呼んでいたことから「円太郎バス」と呼ばれて親しまれていました。

なお、観光バス記念日は12月15日となっています。よろしければ観光バス記念日の記事もご覧下さい。

都バス事業のきっかけとなったのは関東大震災

1923年に起こった関東大震災により東京は電力がストップし、交通網は混乱しました。

住民の主な交通手段は市電だったため、その代替措置として都バス(当時は東京市なので市バス)の運用を試験的に行ったのが始まりとされています。

1月18日

最初に開通されたルートは東京駅・渋谷駅間と、巣鴨駅・東京駅間でした。

徐々に震災復興し、電力の供給が通常通りに戻ると市電が復旧します。

当初は段階的に市バス利用者が減少していくのではないかと見込まれていましたが、予想に反して事業は好調で、試験的に行われていた市バス事業が本格的に採用されることとなりました。

その背景には市バス利用者が定着してきた以外に、車両や車庫には既に投資されていた点や、ドライバーや従業員の異動の点もあったとも言われています。

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マイカーと渋滞の影響

20世紀半ばまで経営は順調でしたが、その頃からマイカーブームの風潮になります。そのため1961年には赤字となり、乗車賃値上げなどの経営再編を余儀なくされました。

マイカーが普及したため交通量が増加し、都心部で渋滞が慢性的に起こるようになりました。その弊害で都電やトロリーバスは時代に合わず、次々と閉鎖されていきます。

1月18日

その代替輸送案として都バスが定着しますが、結果的には財政状況は改善されず、多数の事業所が撤退することとなりました。

従来のサービスで増収が見込めないならどうするか?

渋滞の問題があり、交通の利便性の面での改善は難しいと判断したバス事業組合は、他との差別化をするために、まず乗り心地の面を改善しました。1980年には全車冷暖房完備にします。

1月18日

次に路線を渋谷駅・新橋駅区間に限定することにしました。その路線は上手くいき、グリーンシャトルの愛称で長く親しまれるようになりました。この「都市新バス改革」が功を奏し、2010年には8系統まで広がりました。

さらに2000年からは大きな車体に広告を貼り付け、広告収入を得る「ラッピングバス」も登場し、現在でも利用されています。

1月18日

何事も順風満帆とはいきません。

従来のやり方で通用しなくなった時、視野を広げて色々な取り組みをすることは何事においても基本なのですね。

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1月18日 は”都バス記念日” 増え続けるマイカーに立ち向かうには” に対して1件のコメントがあります。

  1. みえ より:

    お年寄りの方や、車の運転が出来ない方にはバスはなくてはならないですね。

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