1月17日 は”防災とボランティアの日” 震災を人災にしてはいけない

1月17日 1月

防災とボランティアの日は”1月17日”

1995年 1月17日 午前5時46分に兵庫県南部に大地震が発生しました。阪神淡路大震災と呼ばれています。

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1月17日

早朝に地震が発生したことと、冬場で乾燥していたために火事の広がりが早かったことで、多くの方が被害に遭われました。

また、政府や行政も想定していなかった事案に対応が遅れた中、現場のボランティア活動が非常によく機能して、お互いに協力しあったため、たくさんの方が助かりました。

1月17日

それからは1月17日が「防災とボランティアの日」として、阪神淡路大震災を教訓として防災に余念がないようにすることと、ボランティアで困ってる人を助けることの大切さを呼びかける日として制定されました。(写真は神戸市ホームページより拝借しております)

当時想定されていない規模の大地震だった

政府の初期対応が遅れた一つの原因として、戦後に起きた大地震が1948年の福井地震以来であり、50年ほど空いていたために、地震災害の脅威が希薄になっていたと考えられます。

名称 地震発生日 マグニチュード
東日本大震災 2011年3月11日 9.0
阪神・淡路大震災 1995年1月17日 7.3
福井地震 1948年6月28日 7.1

 

1923年に関東大震災が起こり、10万人を超える被害者を出したことは教訓にされていませんでした。しかし、当時の観測技術ではまだ、地震に適応できる技術環境が整っていなかったことも否めません。

1990年には「ユレダス」と呼ばれる地震速報システムはありましたが、一般への実用化には程遠いものでした。皮肉にも阪神淡路大震災が起きてから、地震速報が取り入れられるようになりました。

改めて日本は地震大国であると痛感させられた一方、地震といかに向き合って生きていかなければならないかが、日本の一つの課題であると言えます。

阪神淡路大震災は、震災なのか”人災”なのか

ある地震学者は大阪・神戸直下型地震の可能性を指摘していたとされています。

そのため、地震に対する備えが必要だと訴えられていましたが、その意見はあえなく退けられてしまいました。

阪神淡路大震災の被害が大きかったのは、当時の危機管理が乏しかっただけでなく「地盤が固いから大丈夫。過去に大地震が起きていないから大丈夫」という誤認識が多く、日頃の防災訓練もあまり行われていなかったとされています。

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1月17日

そのため倒壊した建物の多くが耐震基準を満たしておらず、それは神戸庁舎も例外ではありませんでした。

1月17日

インフラがストップしてしまい、消火活動に必要な水の供給もできず、さらに道路も陥没してしまったために消防車が到着できない事態に見舞われてしまいました。

1月17日

また、自衛隊への出動要請が遅かったため、被害が拡大してしまったと考えられています。

阪神淡路大震災は多くの課題を残していきました。

過去の防災活動は東日本大震災に生かされていたか

2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とした大地震「東日本大震災」が発生しました。

地震の脅威が認知されている日本では、地震の対応はマニュアル化されていました。

しかし、東日本大震災は特殊な地震で、海底の深いところが震源になったためにマグニチュードが非常に高く、地震に警戒するだけではなく津波の警戒も余儀なくされました。

実際に、地震より津波による被害が多かったとされています。

津波による影響でインフラの復旧が遅れ、政府の対応が後手に回っていたという印象が見受けられます。地震の対策以外に、津波の対策も必要であると痛感しました。

当時の津波への危機意識ではとても対応できず、多くの方が犠牲になってしまいました。

現場のボランティア活動が、何よりの救い

自然災害は予期や対処はできますが、予防はできません。

起きてしまったことを受け入れた上で行動せざるを得ないため、かならず後手の対応となります。

その対応力がいかんなく発揮されるのがボランティア活動であり、人を救うのはやはり人です。

1月17日

自然災害はいつも人間の想定を容易に超えていきます。人類は自然に生かされている立場だと改めて実感させられます。

この日を機に、ボランティア活動の重要性を見直してもらえれば幸いです。

そして何より、震災の被害に遭われた方のご冥福をお祈り致します。

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コメント

  1. みえ より:

    防災訓練は大事ですね。
    ボランティア活動をこれからも進んでしたいと思いました。

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