1月11日 は”鏡開き”と”塩の日” 日本古来の風習と歴史


鏡開きは”1月11日”

地域によって日付は前後しますが 1月11日 は鏡開きを行います。かつて都であった京都では4日に行います。

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1月11日

鏡開きとは、正月に供えた鏡餅をお雑煮やお汁粉にして食べ、無病息災を願う日本の年中行事です。

年神様に供えた鏡餅には魂が宿っていると考えられており、鏡餅を食べることでその力を授かることが出来るとされています。

本来は武家社会の風習だったので刃物で切るのは切腹を連想し、縁起が良く無いので叩き割ることになりました。それが後に一般的に普及しています。

また「割る」よりも「開く」という言葉の方が、末広がりを連想し縁起の良い言葉であるため使用されています。

鏡とは?

鏡には元来より、神の力が宿ると考えられています。

神話の時代に、三種の神器「天叢雲剣(あまのむらくも)」「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」「八咫の鏡(やたのかがみ)」が存在しましたが、鏡餅はその八咫の鏡がベースになったとされています。

1月11日

風習として、お正月に三種の神器をお供えする必要がありましたが、一般家庭では鏡を入手することは困難でした。

そのため、年神様のための居場所を作る知恵として、八咫の鏡に似せた丸い鏡の形のお餅を供えてお迎えをしました。それから、鏡餅と呼ばれるようになったとされています。

段になっていたのは、八咫の鏡に似せたのですね。

塩の日は”1月11日”

「敵に塩を送る」という語源になった行為から 1月11日 は塩の日とされています。

そのエピソードは、上杉謙信と武田信玄から生まれています。

1月11日

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上杉謙信と武田信玄

1567年に、武田信玄は東海方面へ進出を計画していたため今川氏との同盟を破棄しました。

それに対抗して、今川氏が武田側に塩が入らない対策をとります。

1月11日

領地に塩が入って来ないため、国威が衰弱していたところ、1月11日に武田信玄の領地「松本藩領」に大量の塩が届きました。川中島の戦いで何度も戦った上杉謙信から越後の塩が送られてきたのです。

敵対関係にあるものでも相手が苦しい時には助けるという紳士な行為に、この日を記念日として塩市(現在の松本あめ市)が作られました。

相手が誰であろうと、困っている人は助けるというのは素晴らしい行為ですね。

塩の賞味期限

塩に賞味期限表示がありませんが、塩はいつまで使えるのか疑問に思ったことはありませんか?

1月11日

塩は安定した物質で、時間経過による品質の変化が少ない物質の一つです。

そして何より、塩分には微生物の繁殖を抑える効果があります。

そのため、食品衛生法により保存方法や賞味期限の記載が必要ないとされています。

別の物質と混ざってしまった場合は例外ですが、何万年も古来の岩塩が使用されているのは、変化が少ないためです。

1月11日

鏡餅と塩、日本古来の伝統や歴史が生んだ記念日が1月11日です。

お汁粉に塩を入れて、両方に感謝するのも良いですね。

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1月11日 は”鏡開き”と”塩の日” 日本古来の風習と歴史” に対して1件のコメントがあります。

  1. みえ より:

    塩は縄文時代からあったんですよね。
    製塩の創始者は塩土老翁と聞いたことがあります。

    塩は神事で使うのは清めの意味があるからなんでしょうね。

    賞味期限がないのも本当にありがたいですね。(^_^)

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