12月17日 は”飛行機の日” 空を自由に飛ぶこととは。


飛行機の日は”12月17日”

1903年 12月17日 アメリカのノースカロライナ州キティホークにて、ライト兄弟の愛称で知られているウィルバーとオーヴィルの二人が有人動力飛行に成功しました。

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12月17日 12月17日

 

しかしライト兄弟が世界初飛行ではなく、1901年8月のグスターヴ・ホワイトヘッドが世界初飛行という記録が残っています。(記録が不十分で諸説あります)

ライト兄弟は世界初飛行ではないものの、世界初のパイロットということですね。

ライト兄弟は、もともと飛行機の研究に従事していたわけではなく、自転車屋を営む傍で動力飛行の研究していました。

ドイツの航空科学者オットー・リリエンタールの研究に感銘を受け、自らも空を飛ぶことを決意します。

空を自由に飛ぶということ

12月17日

動力飛行が成功する前に、既に気球や飛行船は存在しています。

当時は、飛行機のように動力を積んだものが空を飛ぶことはありえないと考えられていました。

それでもライト兄弟以外に、有人動力飛行を可能にしたいとする研究者たちが数多く存在しました。

空を自由に飛ぶことは、貨物輸送や旅客などが更にスピーディになる、あらゆるメリットが大きかったからです。

しかし、実際にライト兄弟が動力有人飛行に成功してから、その技術が利用されたのは、やはり軍用機でした。

12月17日

人の歴史は戦争の歴史であり、空を制することが戦争を一つ進歩させることに繋がってしまいました。

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その結果、大量に戦闘機が使われた第一次世界大戦では、犠牲者数が約3700万人という人類の歴史上、最も多い犠牲者数を記録しています。

有人動力飛行の成功によりライト兄弟の名声は高まりましたが、飛行技術が戦争に利用されてしまい、その技術力が新たな悩みの種になっていました。

実際に、自動車業界大手「フォード・モーター」の創業者ヘンリー・フォードに、有人動力飛行の成功に関しての悩みを相談していた書面が残っています。

旅客機の歴史

12月17日

旅客機の登場は第一次世界大戦後の1919年のヨーロッパで誕生しました。

皮肉にも、退役軍人による軍用機を改良した飛行機で、民間利用され始めます。

1919年2月25日にベルリン〜ワイマール間の定期航空便が生まれ、その後パリ〜ロンドン間を結ぶ国際航空便が誕生しました。

飛行機はまだ乗り物としては信頼性が低く、危険な乗り物でした。

主な乗客は戦後処理に追われる政治家や外交官、緊急の目的で搭乗をやむなくされた民間人です。

爆撃機や偵察機をそのまま旅客輸送機として再利用されていた飛行機もあったため、雨風を受ける座席の乗客は、安全ヘルメットとゴーグルを着用していたようです。

そのため、当時安全性が保証されていたのは飛行船の方でした。

1927年のリンドバーグのニューヨーク・パリ間無着陸飛行の成功によって、人々の航空機の関心が高まり、輸送手段として航空機産業が急成長し始めます。

1930年代にはボーイング社やダグラス社が介入し、航空機が高速化するなど更なる進化を遂げ、旅客業のみで経営が成り立つようになりました。

飛行船よりも速度が出る飛行機は、贅沢な乗り物として一般に認知され始めます。

日本の旅客機の歴史

12月17日

第二次世界大戦に敗戦した日本は、1945年にマッカーサー率いるGHQ指導のもと、航空機の運航停止が命じられました。

やがて1950年に停止が解除され、翌年には日本航空創立準備事務所が開設されました。

1953年には東京羽田空港〜ホノルル・サンフランシスコ間を航空する初の国際便が誕生し、その翌年には羽田空港〜那覇空港感を運航開始しています。当時の沖縄はまだ国際線として扱われていました。

旅客機としての立場を得た飛行機は、今後も利用されていくことでしょう。

12月17日

航空機は戦争の道具ではありません。

あらゆる国と国を繋ぐ架け橋として利用されることを、ライト兄弟もきっと望んでいると思います。

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